『箱根板橋日記』毎週火曜更新|長嶺 俊也 Nagamine, Shunya デザイナー 1979年生まれ         


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第7回 「新聞とオジサン」 2013年1月29日

 先週から一週間、日経新聞の試読をお願いして配達してもらった。

 十九で家を出てから、学生時代は、ネットと本から情報を得ていた。テレビや雑誌は、あまり好きじゃなかったから必然的にそうなったのだが、自分の欲しい情報はそれで充分手に入ったので、不自由はしなかった。

 仕事を始めてからは、雑誌も買うようになった。これは、仕事に必要な情報というのは、自分で調べるだけでは速度が間に合わないという実感があったからで、独立した今はさらにジャンルを広げて色々買っている。

 雑誌の良い所は編集者の目が一度入っている所。つまり、膨大な量の専門的な難しい情報をプロの目で選別し、わかりやすく読者に届けてくれる所である。逆に、「あっ、これは新人が担当したな」なんてのも文章から見える場合もあって、たまにならそれもおもしろい。

 そうして、大人になって働くようになっても新聞は取っていなかった。社会の情報というのは大体ネットで得られるし、逆に自分の欲しい専門的な情報は得られないというはっきりした理由があった。

 しかし、もう一つ、まだ社会にでたばかりの血気盛んな僕にとって、新聞というのは目の上のこぶのような先輩たち大人のエラソーな情報メディアで、それにたいして青少年の反抗期的感情を抱き、「ケッ!」などと思っていたところもある。

 ところが、最近そんな気持ちが変わってきた。その大きな理由として考えられるのが、「新聞の失墜と僕のオジサン化の同時性に置ける『情』の発生」である。

 平成の世になり、今年で四半世紀を数える。高度情報化社会の中で情報が印刷された紙は化石扱いされ、新聞社は、その活路を事もあろうに、新聞紙の敵であるネットへ求めるありさまである。かつて新聞が放っていた大人の象徴としての輝きはもはやなく、イコンとしての新聞紙は、ただのバカデカくて、バサバサとウルさい、迷惑なネズミ色の紙へとなりさがってしまった。そして、僕はというと、こちらも三十代の半ばにさしかかり、脳細胞や、各種内蔵方面にガタがきだし、体力もしっかりオジサン化し、目にいたっては、ハツラツとした若者を見ると眩しくて三秒以上見ていられないという、オジサン特有の難病症状も引き起こしている。

 もはや、僕にとって新聞はエラソーなものではなくなり、今やその姿は、なで肩の肩をさらに落とし、疲れ果てたオジサンのように見えた。だから僕は、後ろからそっと近づき、まるで疲れた友をいたわるようにその肩をやさしくたたいて、試読を申し込んだのである。

 さて、試読してみてどうだったか。まず結論から言うと、思った以上に面白かった。いや、色々な意味でずいぶんと面白かった。

 一番感じたのは、ネットや雑誌のように自分で選んで得る情報と違い、「今までなら絶対選ばなかったであろう情報が、強制的に送られて来るシステム」が面白いということ。

 そして、オジサン一年生のぼくには、そんな今まで興味のなかった新聞の情報が、とても新鮮で面白かった。

 誤解を恐れずに言うが、男がオジサンになるために、新聞はなくてはならないのだ。だから、新聞には、世間からなんと言われようとこれからも是非がんばってほしい。新聞を守るために「成人式」ならぬ、三十才で「中年式」という正しいオジサンになるための儀式を行い、記念に全員に新聞の試読をプレゼントしたらどうか。会場は全国の居酒屋が良い。

 かくして、また一歩オジサンとしての成長を遂げたぼくは、どーんと、一年分の朝夕刊セット購読を申し込み、「フルーツジュレの香り」という、なんだか歩いていたらカブトムシや、カナブンがひっきりなしに飛んできそうな香りの液体洗剤を、どーんと大量にもらったのであった。

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by nagamineshunya | 2013-01-29 11:30 | 箱根板橋日記