『箱根板橋日記』毎週火曜更新|長嶺 俊也 Nagamine, Shunya デザイナー 1979年生まれ         


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第16回 「味覚と記憶。悩めるバターごはん中毒者の考察」 2013年4月2日

 よく人間の味覚は子どもの頃に食べたもので決まるなどと、庶民には絶望的で救いの無い話を聞く事がある。

 自分の舌の味覚能力に関してはよくわからないが、味の好みは、習慣や記憶、環境にかなり左右されるのではないだろうかと、かなり前から感じていた。そして、それこそ数値化出来る味覚というのとは別の、いわゆる「味」というものの本質なのではないかと思っていたのだ。

 僕が小さい頃家でよく食べていたもので、今思うと「あれ?」と思うメニューの中に、「バターごはん」というものがある。

 茶碗に山盛りにした炊きたて熱々のごはんの中に、箸でバターをぐっと押し込み、醤油をまわしかける。それをバターを溶かしながらぐちゃぐちゃとかきまぜて、冷めないうちに一気に食べる。

 コツは特にないが、炊きたてのごはんじゃないと圧倒的にウマくない。

 これは大体、家に父親と二人きりの時で、お互い腹がへっていてなんでもいいから今すぐ食べたいという空気の時に、父親が「バターごはんにするか?」と聞いてきた気がする。

 保護者である父親がめんどくさいわけだから他におかずなんかは何も無い。しかし、腹がへっている時の男同士というのは、こういう時いかに子どもといえども細かい事は言わないのだ。ひたすら、このバターごはんだけを食べる。

 熱々のごはんにバターがとけ込んで、それに醤油がじわっとなじんだ所をハフハフと口に搔き込んでいく。これが子どもの空きっ腹に実にウマかった。

 しかしこれ、今思うと随分下品なメニューだよね。もし今初めて出会ったらちょっとたじろぐかもしれない。

 でもね、僕は今でもたまにこれを食べたくなるんですよ。

 で、最初の話に戻るわけだけど、これはまさに「習慣」と「環境」によって作り上げられた胃袋の「記憶」なのではいかという事ですね。

 少し細かく説明すると、まずバターごはんを食べるときというのは常に空腹と言う「環境」であるということ。これは非常に重要なポイントで、空腹という環境が最高のスパイスになり、バターごはんの実力以上のウマさを感じさせる幻覚作用を引き出している。

 この幻覚作用が「空腹時にバターごはんという」禁断の行為を繰り返させ「習慣」化する。

 それを今度は不幸にも僕の胃袋が「記憶」してしまい、腹がへるとグーと鳴り、バターごはんが欲しくなる。

 こうしてバターごはん中毒者の出来上がりということになり、その後いくつになっても中々抜け出す事は容易ではなくなってしまう。

 これは舌で感じる様な数値化できる味覚というものがいかに頼りなく、そして、いわゆる「味」や「好み」というものの大半は、胃袋や脳内麻薬的なものによって、個人の体験や経験などに左右されていて、その幻覚度や習慣性が大きければ大きいほどその影響は大きくなるということではないだろうか。

 これなら、子どもの頃食べたものが味覚に関係するというのも納得がいく。なぜなら、子どもの頃というのは慢性的にカラダが食べ物を激しく欲しているし、経験が少ない分、新鮮に感じる事が多いはずだからだ。

 つまり、思い切って言ってしまうと、「味覚は記憶である」と言えないだろうか。

 そして僕はその結果、今でもこの下品なバターごはんを大変美味しく感じているし、多分この先どんなご馳走を食べても、一生この下品な味は忘れられないのだ。

 皆さん、子どもには上品なものを食べさせましょうね。
 

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by nagamineshunya | 2013-04-02 20:35 | 箱根板橋日記