『箱根板橋日記』毎週火曜更新|長嶺 俊也 Nagamine, Shunya デザイナー 1979年生まれ         


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第22回 「トイレのニオイ 花の香り 海馬の苦悩」 2013年5月14日

  五月もそろそろ折り返し。

 やっと気温が上がって来て、気持ちのいい日が続いている。

 街を歩いていても緑が濃くなり、道ばたや街角、家先などの花が一斉に開いて、やっとこさ本当に冬の時代は終わったと、みんなカラダ全体でウレシイ、ウレシイと喜んでいるようだ。

  この季節、時おり風に乗ってふんわりと花の香りが流れて来る。

 その瞬間「トイレみたいなニオイだな」って、思う。

 いや、皆さんは思わないだろうが、僕は大抵の花のニオイを嗅ぐと、瞬間的に僕じゃない僕が光の速さで脳の海馬の引き出しからその気持ちというか、感情と言うか、感覚と言うか、とにかく言葉にすると脳裏に「トイレみたいなニオイだな」という字が浮かんで来ちゃうのだ。

 恐らく、トイレの芳香剤と酷似しているという事で、もう一人の僕であるニューロン君が反射的に記憶の倉庫の引き出しから出して来ちゃうんだろうが、清々しい日にまったく持って迷惑なのである。

 どうしてこうなってしまったのか。

 通常で考えると、まず自然にある花の香りを先に憶え、この香りは花であると海馬の引き出しの所に「花」と書いて貼っておく。これなら一目瞭然、次から花のにおいを嗅いだら、さっきと同様光の速さで取り出すことができる。

 その海馬の優秀な能力を利用して、人類は人工で花の香りに似せた香りを制作し、それをトイレにあらかじめ設置し、トイレに入った瞬間に嗅覚からそのニオイを脳へ送り込み、見事海馬を騙し、そこがまさにお花畑かのような錯覚を生み出す、『芳香剤』というものを発明したのだ。

 これが花の香りと芳香剤(=トイレのニオイ)との正しい場合の上下関係なのだが、僕の場合はどうもそのあたりの刷り込みの順序が逆になってしまい、おのずと効果も逆になってしまったようなのだ。

 理由はふたつ考えられる。

 一、僕が男であるために子どもの頃から花には興味がなく、花の香りを嗅ぐ前にトイレのニオイを憶えてしまった。

 二、僕は子どもの頃蓄膿症であったために嗅覚が鈍感だった。だから、ほのかな花の香りは感じず、トイレの芳香剤くらい過激なニオイでやっと感じる事が出来たので、先に憶えてしまった。

 もし、一が理由だとすると、男は全員花の香りがするとトイレを思い出す動物という事になってしまう。

 それはそれでアンケートでも取って確かめてみたいが、もしその結果、本当に男が全員花の香りでトイレを思い出すようになってしまっていたとしたら、これはちょっとした社会問題になってしまい、エステーや小林製薬あたりを相手取って大型の民事訴訟などに発展しかねない。

 二の場合は、実体験的にかなり有力な要因であると言える。

 僕は小学生の間、かなり頻繁に耳鼻科に通っていたぐらい割と重めの蓄膿症であった。今思うと、親は毎回大変だったと思う。

 蓄膿症というのは、慢性的に鼻が詰まってしまう病気で、僕の場合は鼻の骨格が原因という事だった。母方の祖父が似た鼻の骨格で、やはり同じような症状持ちでそれが原因かわからないが徐々に耳が遠くなっていたので、母は気にしていたように思う。祖父の方は、そんなものでも孫に受け継がれたのがうれしそうだった。

 蓄膿症で常に鼻が詰まっていると、口で呼吸をする事が癖になってしまう。

 いきおい、ニオイにたいして鈍感になり、子どもの頃はすでに嗅覚に関して、どうも自分は少し弱いようだ、という自覚があった。

 だからその時代にはほのかな花の香りは関知出来ず、トイレの芳香剤のような強烈なニオイを先に海馬の引き出しにしまってしまったのだろう。そして、そこにしっかりと「トイレのニオイ」と、マジックで書いたのだ。



 時は過ぎ、少年はやがて中年になり、成長と共に顔の骨格も変わり、自然と蓄膿症の症状が無くなった。

 するとどうだろう、道を歩いていても色々な香りがするようになって来た。それは結構突然もどった感覚という感じで、日常や、季節の移り変わりを敏感に彩り、ちょっとした香りで心が弾むようになって、うれしかった。嗅覚のすごさを、ありがたいと感じた。

 そして今、一年でも一番サラッと爽快な季節。

 花は街中に咲き乱れ、僕はトイレをちょいちょい思いだす。

 あそこも爽快になる場所ではあるが、もちろん残念である。

 たぶん、僕はこのまま、花の香りを嗅いで、「あぁ、いい香りだな」と感動するという、みんなにとって当たり前の事を一度も味わえずに死んでいくのだろう。

 それは、あまりにも寂しい。

 いっその事、「あぁ、トイレのニオイって、すっごくいい香りだな」って、思う事にしてしまおうか。

 悩みは尽きない。

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by nagamineshunya | 2013-05-14 16:22 | 箱根板橋日記