『箱根板橋日記』毎週火曜更新|長嶺 俊也 Nagamine, Shunya デザイナー 1979年生まれ         


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第44回 「政治家的国会内吉野家庶民裏切高級和牛牛重的現代芸術」 2013年10月15日

 テレビで国会の敷地内にオープンした吉野家が出てきて、そーいえばそんなのができるというような話が前に出てたなー、それにしても政治家も280円の牛丼があると助かるぐらいお小遣いに困っているのか、それって本当にこの国が心配になるなぁ、なんて少し政治家のおじいちゃんたちに同情しかけていたら、そこで出てきた政治家が食べていた牛丼に驚いた。

 「和牛 牛重」。

 このデフレになって久しい世の中では、吉野家で和牛が出て来てもさほど驚かないし、吉野家の「牛丼」が、政治家仕様になった途端「牛重」に変わるというわかりやすい金持ち趣味も勝手にどーぞだ。そんな事では驚かない。

 何に驚いたかというと、その値段なのだ。

 なんと「和牛 牛重 1200円(税込)」である。

 並盛りである。

 牛丼が牛重になったら、お値段4倍以上である。

 しかも、この店だけの限定商品であるという。

 1200円である。

 4倍強である。

 吉野家である。

 これはどういうことか。

 ぼくは、こう解釈した。

 つまり政治家は何においても我々の4倍以上高い物を食うもんで、それは庶民食の代表ともいうべき吉野家の牛丼であってもかわる事のない、真理のごとく貫かれた揺るぎないルールが国民の目につかないどこかこの国の奥深くの暗がりにしっかりねっとりと存在しているということである。

 けっ、バーロー。

 大体、1200円の牛重?これを食うやつも食うやつだけど、作る方も作る方なんでないかい? 

 大体、吉野家は、「早い、安い、うまい」で、おなじみの、働き者の庶民の味方だったんでないかい?

 今も昔も、吉野家の成長を支えてきたのは、我々庶民の汗と涙と節約がしみ込んだお財布だったじゃないか。

 二人の仲はまるで蜜月のごとく甘く、君たちがいて、僕がいたんじゃないか。

 だのに国会の敷地内に出店したとたん、手のひら返したように高級和牛牛重などを出しおって、しかも国会内の店舗限定で我々庶民には触らせもしないとは、まったく金持ちに媚やがって!権力に負けやがって!庶民をコケにしやがって!恩を仇で返しやがって!ウラギリもの!恩知らず!薄情者!エコノミック・モンスター!などとメチャクチャに吉野家に悪態をついてしまうが、逆に国会の敷地内だろうが、カウンターに座ったのが総理大臣だろうが、「うちはコレだよ」と、牛丼だけで勝負していたら、ぼくはパチパチパチと吉野家に喝采をおくった。

 大体、1200円の牛重食うんだったら、何のために吉野家を国会内に作ったんだろうか。

 280円の牛丼で日々のお昼代を節約して自分のお小遣いにまわす以外に、吉野家の存在意義なんかないじゃないか。いや、もちろんコストパフォーマンスやスピードは評価した上でね。

 ひょっとして、もしかするとこれは丸ごとなんかの現代アートかなにかなのだろうか。よくわからないけど。

 国会の敷地内に格安ファーストフードチェーンをオープンさせるというのは、なんとなく今の「日本」という国を表現しているような気がしないでもない。よくわからないけど。



 現代アートで思い出したので急激に話題を変えてしまうけど、実は昨日愛知トリエンナーレに行ったのだが、そこで見た宮本佳明(みやもと かつひろ)さんの作品で、福島原発の原子炉建屋の上に神社のような大屋根をのせて社にして祀ってしまうという、もうそれしかないなというすごい作品があった。

 動機がシンプルで、コンセプトも簡潔で、プロジェクト全体が理にかなっているというまったくもってすばらしい作品なのだが、ここで説明するにはさすがに長くなるので、よかったらインターネットででも調べてみてほしいし、機会があったらぜひ見に行ってみてほしい。

 愛知トリエンナーレに行って感じた事の一つは、アートが力を取り戻してきた感じがしているということだ。

 しかし、アートが力強くなってきた時というのは、おしなべて社会的に大きな問題や閉塞感や停滞感等が顕在化してきた時で、そういうネガティブな要素が人間の生活や人生に影を落とすことで生まれる不満や不安や障害等が、社会と縁を切っても切れない人間という悲しい生物に皮肉な活力を与え、結果その時代でしか生まれない素晴らしいアートを生むという構図がある。

 現に今回の愛知トリエンナーレのテーマも「揺れる大地」と、東北の大震災から派生した様々な問題がテーマになっている。

 だから、アートが力強さを取り戻してきたといっても複雑な気持ちだが、鑑賞するには見応えのある素晴らしい作品の多い展示であった。がんばれ、芸術家。



 それにひきかえ、日本の政治の中枢である国会の敷地内に激安ファーストフードチェーン店をつくり、その中でわざわざ一杯1200円の高級和牛牛重を食べている日本の政治家及び官僚の人々は、果たして一体なにを表現しようとしているのだろうか。
 




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by nagamineshunya | 2013-10-15 21:22 | 箱根板橋日記