『箱根板橋日記』毎週火曜更新|長嶺 俊也 Nagamine, Shunya デザイナー 1979年生まれ         


by nagamineshunya

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

最新の記事

 第70回 「さて、最終回。..
at 2014-04-15 20:04
第69回 「無印家電と男と昭..
at 2014-04-08 20:31
第68回 「国家予算規模のお..
at 2014-04-02 19:57
第67回 「お墓のデザイン」..
at 2014-03-25 18:25
第66回 「お墓参り教のスス..
at 2014-03-18 21:13

カテゴリ

全体
箱根板橋日記
未分類

関連

以前の記事

2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月

フォロー中のブログ

ニューヨークの遊び方
パリときどきバブー  f...
ばーさんがじーさんに作る食卓
ベルリン中央駅
フィレンツェ田舎生活便り2
犬とご飯と雑貨。
勇気リン凜

最新のトラックバック

検索

その他のジャンル

ブログパーツ

外部リンク

ファン

画像一覧

第46回 「無に対する考察」 2013年10月29日

 「無」。

 「無」とは、なにも「無い」ことだ。

 「無」というのは「無い」という状態のことだけど、これは「有る」の反対ということになる。

 でも「無」と「有」という考えかたが「有る」という事は、「無」の中ではそんなことすら「無い」わけで、でも、いろいろとすでに「有る」わけだから、そうすると四の五の言わずに言えば、「無」のほうがすでに「無い」ということになる。

 

「無」のウィキペディアを見てみた。(「有る」んだね。ここでも、すでに「無」ではない。)

 ここに、やっぱり出ていた。インドの項。

 『日本においては「何も存在しない事」を「無」というが、インドにおいては「存在しない事」を「無が存在する」という』(ウィキペディア)

 矛盾、キッパリ。

 しかし、諸君、インドが矛盾を言い切っている事に気を取られていると、日本の間違いに気がつかない。

 繰り返すが、「無」は、存在、すなわち「在る」の反対なので、すでに色々「在る」以上、「無」は「無い」のだ。

 つまり、「なにも存在しない事」ではなく、「無は無い」と言うしか「無い」のだ。

 

 数学でいうと「無」は0(零、ゼロ)で、コレは数学の中で、「無い」を「表現」しているだけで、これは「無」とはちがって、数のひとつである。

 その辺をわかっていないと、「マイナスってなに?」ってことになってしまう。

 「0=無」と考えてしまうと、「無い」より小さいってことは、もはやこの世の理の外、なにか異次元やパラレルワールドの話のように感じてしまうだろう。

 
 英語の場合は「Nothing」と言うが、「thing」が「No」なので、まあ、大体そんな考え方だろう。


 一般的な青年男子の場合は、金が無い、時間が無い、才能が無い、コネが無い、彼女がい無い、今夜食べたい物が無い、無い、無い、無い。

 もちろん、これらもすべて「無」とは関係「無い」。
 
 彼らはそんな事で虚「無」感を感じてしまう生き物だが、それはまだ「有る」ことになる予定が「無い」からである。 

 なんだか言ってる事が怪しくなってきたぞ。

 

 まあ、既にお気づきだとは思うが、つまり今週は書くネタが「無」かったのである。

 つまり、「無」かったことが、ネタとして「有」ったわけですね。


 …。


 すみません。

[PR]
by nagamineshunya | 2013-10-29 19:52 | 箱根板橋日記