『箱根板橋日記』毎週火曜更新|長嶺 俊也 Nagamine, Shunya デザイナー 1979年生まれ         


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第57回 「三途の川、みんなで渡ればこわくない」 2014年1月14日

 最近、妻がフラフープが欲しいというので、ネットで外国のエクササイズ用という大人用のものを買った。

 妻は、それを屋上で洗濯物を干すついでに練習しているのだが、いっこうに上達せず、一回も腰のあたりで回転を続けることなくすぐにだらしなく地面まで旋回しながらおちていく。

 馬鹿にしていたら、やってみろというのでやってみたのだが、これが中々難しい。

 まず、フラフープ自体がむかしの中が空洞で軽い単なるプラスチックの管だけではなくなっていて、オレンジの管の表面にところどころグレーの柔らかいクッションがついていている。

 直径も大人用だからか、かなり大きい(外国人用なのかもしれない)。

 手に取ってみるとフラフープにしてはけっこう重く、クッションのところも微妙に流線型などに波打っていたりして、即座に「あっ、これちょっと無理だな」とわかるぐらいエクストリーム系のニオイを感じさせる上級者向けのフラフープなのである。

 案の定、ぼくも一回も出来なかった。

 小学生の頃はどうやってやっていたっけなどと、なんとか感覚を呼び起こそうと思ったが、どうもそんなレベルでもなさそうで、練習しても出来るようになる自信はないし、別に出来たくもなかったので、自分の方の赤樫木刀素振りにもどった。

 妻には、ぜひ、がんばってもらって、あのエクストリーム系ドデカフラフープがブンブン回るのを見てみたいものだ。


 
 最近、改めてボブ・マーリーやボブ・ディラン、ビートルズを聞いているが、不思議と聞こえて方がちがう。

 年を取って耳が遠くなってきたか、それともボケがはじまってむかしのことを忘れてしまったのかもしれないが、なんだか新鮮な気分で聞けるのだ。

 父親がこの「3B」のCDをもっていたので自然と聞くようになり、ぼくにとっては小学生の頃から好きなアーティストトップ3で、中学にあがった頃にはクラスの後ろに張り出す自己紹介の紙にすでに好きなアーティストとして書いていたほどだ。

 音楽の聞き方というか、つきあい方で大きく変わったと思うのは、最近は歌詞カードをめったに見なくなったことだ。

 作り手には申し訳ないがただ単に面倒になったのと、あとはそんなに人の言葉が必要じゃなくなったのかもしれない。

 中学生の頃は、1960年代〜70年代の洋楽をよく聞いていた。

 どんな歌の歌詞でもアーティストのメッセージで、そこに表現があるのだぐらいに意気込んで翻訳を読んでいたし、必死で発音を聞いて、その言葉の響きと意味の中にその歌のイマジネーションの世界を作って入り込んでいた。

 いろいろな歴史的背景や、いまや時代の記憶の一部となった昔のカルチャーやムーブメントもその中で知り、ぼくにとっては新鮮で刺激的な世界だった。

 今思うと、ぼくはまだその時はその音楽たちに酔っていたのかもしれない。

 あまりの刺激に酔っぱらっていたのだ。 

 いま、30代も半分くらいになって来て、やっと純粋に、素直に音楽として聞けるようになったのかもしれない。

 昔好きだった曲を、改めて「いいなぁ〜」と、しみじみと思うのだ。

 もしかしたら、その曲を聴いていたときの若い自分の記憶が気づかないうちに脳内で何らかの作用をしていて、郷愁感的脳内信号を出しているのかもしれないが、そこのところまでは本人でもわからない。

 なんにせよ、原因は年をとったことにあるだろうから、またもっと年を取ったらわかるのかもしれない。



 この間、細川元総理が東京都知事選に出馬の可能性があると報道があって、まさかと思っていたら、あっさり出ることが決まったようだ。

 細川さんと言えば殿様であり、若いときは白洲正子にかわいがられ、やはりその筋の素養があったのか、総理を辞めた後は湯河原に窯をかまえて焼き物ではそれなりの値段がつくようになったらしい。

 最近は油絵の方にも力を入れていると聞いていたので、残りの人生はもうそっち方面の追求をとことんやるのかと思いきや、どうもちがったようだ。

 野田さんが総理だったあたりから、ちょくちょく出て来て、あれはてっきり白洲正子の旦那さんの白洲次郎さんばりのカントリー・ジェントルマンを気取っているのかなと思っていたのだが、どうもへんな色気を感じていた。

 その時は元総理となると、影響力が強い分よほどきめ細かい気遣いが出来ないと、そういうことをするのも難しいものなんだなと思ってみていたが、どうやら色気の方が正解だったらしい。

 ぼくは、政治の背景とか政局的なことはわからないけど、正直なところ安倍さんに続いてまた勝手に途中放棄した人間が出てくるのか、と思ってしまった。

 政治屋というのは随分自由な家業である。

 人生はやり直しがきくものだとは思っているが、筋を通さなければそれなりのリスクは負うはずだ。

 選挙は、細川さんが思っている以上に、そこが争点になる気がする。

 しかし、舛添さんという人はつくづくツイテナイというか、かわいそうになってくる。

 せっかく一人勝ちできそうで、今度こそ都知事になれるかと思ったら、また色物が出て来てしまったんだから(前回1999年の都知事選では石原さんが出てきて負けた)。

 たぶん、ほとんどの人は細川さんの総理時代に何の記憶もないと思うけど(というか憶えているのかな)、小泉さんと会談するというセコイ手段をいっぱいニュースで宣伝してるので、負けてしまうかもしれない。

 いずれにしても、舛添さん65才、細川さん75才、その他の立候補者のみなさんも年を取っていろいろとわかったことや、感じ方がかわったものがあるのだろうから、選ばれた人は若者に負けずにぜひがんばってもらいたい。



 高田文夫さんが大滝詠一さんや、やしきたかじんさんが亡くなり、友達がみんな亡くなっちゃったとなげいていたが、年を取ればそのうち「三途の川、みんなで渡ればこわくない」という感じになるのだろうか。



 

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by nagamineshunya | 2014-01-14 18:43 | 箱根板橋日記