『箱根板橋日記』毎週火曜更新|長嶺 俊也 Nagamine, Shunya デザイナー 1979年生まれ         


by nagamineshunya

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

最新の記事

 第70回 「さて、最終回。..
at 2014-04-15 20:04
第69回 「無印家電と男と昭..
at 2014-04-08 20:31
第68回 「国家予算規模のお..
at 2014-04-02 19:57
第67回 「お墓のデザイン」..
at 2014-03-25 18:25
第66回 「お墓参り教のスス..
at 2014-03-18 21:13

カテゴリ

全体
箱根板橋日記
未分類

関連

以前の記事

2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月

フォロー中のブログ

ニューヨークの遊び方
パリときどきバブー  f...
ばーさんがじーさんに作る食卓
ベルリン中央駅
フィレンツェ田舎生活便り2
犬とご飯と雑貨。
勇気リン凜

最新のトラックバック

検索

その他のジャンル

ブログパーツ

外部リンク

ファン

画像一覧

第58回 「ホスピタリティ・デザインと、エクスペリエンス・デザイン」 2014年1月21日

 原研哉さんのホームページのPROSPECTS(見通し等の意味)というページを読み返していたら、2011年6月の記事に「ホスピタリティ・デザイン」と「エクスペリエンス・デザイン」という言葉があった。

 どちらも、一昔前ならデザインの分野としてはなかった言葉である。十年一昔として、少なくとも十年前学生として美術、デザイン、学芸員の勉強をしていたぼくは、いずれの授業でも聞いた覚えがない。

 例えば、卒業して一年間美術館で働いていた時も、ホスピタリティの部分はその分野のコンサルタントが指導していたし、エクスペリエンスのほうに関しては、おもに学芸員が考えていた。

 しかし、そのどちらの分野も、今やデザイン的なアプローチが台頭してきている。

 つまりそれぐらい、どんどんとデザインの範疇は広がっているのだ。

 その理由としては、デザイナーには物事を整理する力があることと、最終的にモノ(ヴィジュアル)をつくる事が出来るので、ひとつのプロジェクトを最後までぶれずにカタチにする事が出来る、という二点を備えているということが今の社会のニーズにマッチしていることが大きいと思う。

 思えば、アートディレクターというのが今のように花形になってきたのもこの頃からのような気がする。



 ホスピタリティは、日本人の場合は「おもてなし」の事といえば、だいたいのニュアンスはくみとれるのではないだろうか。

 ただし、最近ではこのおもてなしということの本質を理解している日本人も企業も非常に少ない。

 例えば、このホスピタリティの根幹を成すものはなにか。

 原さんもここで明言しているが、それは美意識に他ならないと思う。

 つまり、日本のおもてなしが、世界中のホスピタリティ産業をリードしているのは、日本人の美意識の高さに理由がある。

 それゆえ、美意識が低下してきている現代では、それを維持するのが難しくなってきている。



 海に囲まれ、川が流れ、森や山を望み、四季を感じることができる国土に育まれた感性こそが日本人の美意識の源である。

 そして歴史の中で、千利休のような才人が全国でバラバラに生まれた原初の感性をまとめ、整理し、それをイノベーションして新たな価値をつけ、ヴィジュアルを提示し、新しい作法(ルール)をつくり、名前をつけ、「侘び寂び」や、「もてなし」という文化として昇華した。

 そういう意味では、利休はまさしく「おもてなし」を生んだアートディレクターといえる。



 もうひとつの「エクスペリエンス・デザイン」だが、これもまだまだ聞き慣れない言葉だ。

 直訳すると、「経験をデザインする」という感じだろうか。

 つまりは、どんな経験をするかをデザインするということになる。

 観光、イベント、飲食店など様々な所であてはまることだ。

 ゲストにどんな体験をしてもらうか、何を経験させるかをデザインする。

 これもまた日本人ならおもてなしという言葉である程度理解できてしまうような気がする。



 そう、つまり「ホスピタリティ・デザイン」しかり、「エクスペリエンス・デザイン」しかり、日本人にとってはさほど理解するのに難しいことではないのだ。

 ただ、ではそれを実践することにかんしてはどうかというと、これはさっきもいったように厳しい状況に直面しており、この現状を打破するためには自分たちの美意識をしっかりと自分の中につかまえておく必要がある。

 それは、マニュアルのように、ただおぼえたことをするだけの、その場限りの知識ではなく、それを日々の暮らし、生き方の中で丹精こめて実践していく必要がある。

 そうすることで、いつも自分の中につかまえておけるのである。

 そして、そこまで出来れば、逆に頭であれこれ考えず、心で考えれば、それなりのおもてなしはできるのである。

 そういったことをわかっておかなければ、おもてなしとは名ばかりの、おしつけ型のうるさいだけの「過剰サービス」や、逆におもてなしに固執するあまり、ゲストのことを考えなくなってしまう、決めつけ型の「マニュアルサービス」となってしまう。



 では、日本人のおもてなしとは、具体的にどういうところにいけば残っているのだろうか。

 京都か、帝国ホテルか、宮内庁か。

 なんとなくそんな所が筆頭であがるのだろうと思うが、ぼくは田舎の農家のおばあさんや、海っぺリの漁師のおじさんや、離島の三線の名人のおもてなしが大正解だったりするのを、経験的に知っている。

 そして、それは見ず知らずの人間への無償の労いであり、厳しい人生を生き抜いて来た人の持つ、明日は我が身、情けは人のためならず的な助け合い精神が昇華されたものであり、限りなく慈悲深く、そしてもてなされる人間の心に、とても滋味深い「おもてなし」なのである。

[PR]
by nagamineshunya | 2014-01-21 11:32 | 箱根板橋日記