『箱根板橋日記』毎週火曜更新|長嶺 俊也 Nagamine, Shunya デザイナー 1979年生まれ         


by nagamineshunya

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

最新の記事

 第70回 「さて、最終回。..
at 2014-04-15 20:04
第69回 「無印家電と男と昭..
at 2014-04-08 20:31
第68回 「国家予算規模のお..
at 2014-04-02 19:57
第67回 「お墓のデザイン」..
at 2014-03-25 18:25
第66回 「お墓参り教のスス..
at 2014-03-18 21:13

カテゴリ

全体
箱根板橋日記
未分類

関連

以前の記事

2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月

フォロー中のブログ

ニューヨークの遊び方
パリときどきバブー  f...
ばーさんがじーさんに作る食卓
ベルリン中央駅
フィレンツェ田舎生活便り2
犬とご飯と雑貨。
勇気リン凜

最新のトラックバック

検索

その他のジャンル

ブログパーツ

外部リンク

ファン

画像一覧

第66回 「お墓参り教のススメ」 2014年3月18日

 先日、春のお彼岸にさきがけて、一足はやくお墓参りに行って来ました。

 ぼくは、お墓参りに行くたびに、そして毎回お彼岸より大分早くフライングしてお墓参りに行くにもかかわらず自分たちと同じようにお墓参りに来ている人たちを見るたびに、日本人というのは「お墓参り教」なのではないかと思います。



 日本人は宗教に対する意識が他の民族に比べると弱いといわれています。

 確かに、ぼくも自分の宗教が臨済宗であるというのは知っていますが、それは「我が家は」という感覚であり、ぼく自身は入信した意識はありません(誤解のないように断っておきますが、ぼくは臨済宗は好きですよ)。

 えー、何が言いたいかというと、つまり日本人は、宗教の教えより、お墓をベースとした祖先とのつながりの中に一種の宗教的な教えを自分で見いだしているのではないでしょうか、ということです。



 定期的にお墓へ行き、墓石を磨いたり、まわりを掃除しながら、親や、祖先、もしかしたら友人や恩人の場合もありますよね、そんな大事な人と心の中で対話する。

 でも、これは先に亡くなった大事な人と対話をしているようで、実は自分と客観的に対話していることだと思います。

 だからこそ、悩んでいた事が晴れたり、逆に戒めになるような事が心に浮かんだり、その時々で自分にとって有効な気づきに出会えるのだと思うのです。

 そして、それを教えてくれるのは、八百万の神や、キリストや、仏陀や、アラーの神などではなく、そのお墓の中にいる大事な人たちの生前の姿です。

 だから、ぼくは日本人は「お墓参り教」である、と思うのです。



 ぼくは今、妻の家族と妻の家のお墓参りに年四回行っています。

 それは、妻の家でそう決まっていたからです。

 では、ぼくの実家はどうだったかというと、実はほとんど行った事がないと思います(記憶がないんです…)。

 その頃は、行ってない事になんだか罪悪感を感じていました。

 でも今思うと、そんな時でも誰かに「うちは全然墓参りに行ってないよ」なんて言いながらも、その瞬間に思いはお墓の中の人に馳せていて、「もうしわけないなあ」なんて思ったりしながら、対話が始まっていたりしましたもんね。

 

 で、その「お墓参り教」教祖にとって、気になる事がひとつ。

 それは、お墓のデザインです。

 と、実はこっちが本題だったのですが、どうも計画性というものがなく、前置きを膨らませすぎてしまったので、今回は珍しく「次回へ続く」、とさせていただきます。

 

[PR]
by nagamineshunya | 2014-03-18 21:13