『箱根板橋日記』毎週火曜更新|長嶺 俊也 Nagamine, Shunya デザイナー 1979年生まれ         


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第28回 「本格 海の藻屑エッセイ」 2013年6月25日

  梅雨も本気を出して来たようで、このところ「熱」くてジメジメした雨の日が続いている。

 こうなって来ると、俄然菌類たちは活動を活発化させ、うちも籠製の蒸し器を、天日干しをせずにしまってしまったら、あっという間にがカビだらけにされてしまった。まったく。

 温度と湿度が上がってくると元気になるのはカビだけではなく、野菜も元気になって来る。

 僕は大体、家のまわりの農家の無人直売所で野菜を買っているのだが、最近はキュウリが大分出てきた。

 小ちゃくて、このままだと頭とお尻が繋がるんじゃないかというぐらいひん曲がったいかにも性格がひねくれてそうなヤツや、日焼けムラがあるものや、これで殴ったら気絶するんじゃないかというぐらい巨大なキュウリまで、個性的なヤツらが五本ぐらい袋に入って百円で売ってたりする。
 
 こういうのはいわゆるスーパーなどでは商品にならない「カタチ」のもので、これは流通等のコストを考えても、これだけカタチにばらつきがあると箱詰め等の際に効率的が悪いだろうから、はじかれてしまうのも当然なのかもしれない。

 とはいえ、味にはもちろん関係ないから、わたしは積極的に農家のみなさんのロス消費に協力するようにしている。にひひ。
 
 暖かくなって来ると元気になるのは人間も一緒である。

 我が家では、毎週日曜日に妻のおかあさん、おじいちゃん、我々夫婦の三世帯で、車に乗って近くのスーパーマーケットに一週間分の食料を買いに行くのだが、冬のうちは元気がなく、買い出しを休みがちだった御年89際のおじいちゃんも、暖かくなり身ちがえるように元気になってガンガン先を歩いて行く。

 そういえば、そのスーパーにいつもお尻を引きずるようによたよた歩く老いたミニチュアダックスをつれてきて、買い物もせずに外に座ってお客と話をしているおじさんがいるのだが、その老いたミニチュアダックスもあきらかに最近の方が元気で、よたよたから、ひょこひょこ歩きぐらいになっている。

 最近は老後に沖縄を飛び越して、タイやフィリピンに移住する人が増えていると聞くが、そういう人の話を聞くとやはり高温多湿のところはカラダが楽なようだ。

 それでも、向こうに知り合いがいないと結局なじめずに、せっかく退職金をつぎ込んで購入したマンションを手放して日本に帰って来る人も少なくないらしい。

 なんだか、今回は話がとりとめもなく一本の川の様に蛇行して、最後はそのまま海に混ざって消えてしまったような、どーもそんな本格的にどうでもいい回になってしまった。

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by nagamineshunya | 2013-06-25 10:29 | 箱根板橋日記

第27回 「長嶺家の法要」 2013年6月18日

 日曜から、大分に行っていた。

といっても、旅行ではなく法事のために行ったので、土曜日から徹夜でなんとか仕事のめどをつけ、日曜日の朝四時にタクシーで家を出て小田原駅の始発で羽田に向かうという強行軍であった。

朝がはやすぎて、羽田の第二ターミナルまで京浜急行で直接いけず、第一ターミナルから無料バスで向かうという松本清張並みのトリックを駆使して、なんとか六時四十分のフライト5分前に、晴れて機上の人となることができた。

機中はずっと寝ながら移動し、大分空港からは高速バスで大分へ。なんとか10時半から始まる法事に間に合った。



法事は大分駅の近くにある長福寺というお寺で行われた。

参列者はざっと20名ほどであった。

今回は長嶺家の法事で、わたしの祖父、祖母、曽祖母の三人分を一度ですましてしまえるという、めったにないタイミングで、いささかオリンピックのような法事であった。

わたしの父が一応長嶺家の長男であるので、今回のホストを務めた。そして私も一応その父の長男なので、跡取りとして今回は法事を勉強するようにという意味も含めて呼ばれたのであった。

和尚さんと一緒にお経を読み上げ、お焼香をして、また少しお経を読み上げて無事に終了。

徹夜明けには、涼しいお堂での読経はまさに苦行に近かったが、なんとか無事に済んだ。

そのあと和尚さんからお話があったのだが、祖父は檀家総代を務めていたそうだ。へぇ、と思ったが、そういえば聞いた気もしたかなと、後で父に聞いたら、父も「そうだったんだね」などと同じようなリアクションだったので、困ったものである。

そう言えば、その後のお墓参りの途中にも、同じようなやり取りがあった。

 墓石に刻まれた我が家の家紋を眺めながら、うちの家紋はなにかと父に尋ねたところ、「たしか桐だ」と言う父に、確かそうだよねとわたしが頷いていたら、そのやり取りを近くで聞いていた父のお姉さんが「笹竜胆」よ、呆れたようにズバリと言って去って行った。

いやはやまったく、随分と頼りのない跡取りたちなのであった。

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by nagamineshunya | 2013-06-18 21:17 | 箱根板橋日記

第26回 「風見鶏の憂鬱」 2013年6月11日

 ひどい肩こりになってしまった。

 前日に、仕事がらみの酒宴に出席しており、その最中から徐々に痛みだしたのだが、そのまま三次会まで行ってしまったのが良くなかったらしい。バカである。

 朝起きたら右肩を中心に、首、右腕が激痛でまったく動かせくなってしまった。

 僕は、本来あまり肩こりになる体質ではない。マッサージもいつも、「弱の弱の弱」ぐらいでお願いしていて、一般的にこれはさするというのだ、と言われた事もあるほどだ。

 そんな肩こり初心者の肩が、ある朝別人のようにカチコチに固まってしまい、首などは、文字通り「首がまわらない」状態で、常に前しか向けない。周囲を確認する場合は、いちいちカラダごと向きを変えなければならず、これではまるで風見鶏のようなのだ。
  
 それでも放っておけばそのうち治るだろうとたかをくくっていたのだが、二日経っても一向に良くならず、むしろ着実に悪化しているようである。

 家の中をカクカクと向きを変えながらうろつく、そんなマヌケな風見鶏を見て、ようやくこれは少し様子がおかしいぞとカミさんがインターネットで色々と調べた結果、どうやらぼくは自分でも気がつかないうちに肉離れになってしまったらしいということがわかった。

 妻調べによると、肉離れというのはわりと日常生活でもなりやすく、そのまま気付かずにかなり後になってから病院に行く人もいるらしい。

 肉離れといったらアスリートがやるような「プロのケガ」であって、毎日階段の昇り降りと鉢植えの水やり以上の運動をしていないおじさんが知らない間になるなんてそんなバカなと思うが、目下の自分の状況を見ると、どうも「バカはお前だ」ということのようである。

 この、日常的肉離れの原因はやはり運動不足がその圧倒的な要因のようである。なんだか今日はようであるの、ようである。

 日頃、打ち合わせに行く以外は、一日中パソコンの前に座っているので、残念ながら運動不足に疑いをはさむ余地はない。

 かくして、僕のひどい肩こりは、妻のセカンド・オピニオンにより、「普通にしていてなった肉離れ」という、非常に恥ずかしいものになってしまった。

 肩こりの方が、まだいかにも苦労しているようでエバレタのに。

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by nagamineshunya | 2013-06-11 18:01 | 箱根板橋日記

第25回 「から揚げの巡礼」 2013年6月4日

 なんだか梅雨入りをしたそうだが、ここ三日ぐらいは夏を感じさせるような日差しが続いている。

 空気も乾燥していて、サラッとした風が気持ちいい。

 こういう日は、ビールが断然うまい。そして、ビールに一番合うおかず系おつまみといえば、断然「鶏のから揚げ」である。

 僕は毎晩晩酌をしている。そしていつもビールからスタートするので、当たり前だが毎日ビールを飲んでいるということになる。だから、必然的に鶏のから揚げもかなりの頻度になる。もう三十代半ばにさしかかって来たが、今でも平均すると週に二回は食べていると思う。

 鶏のから揚げと言えば、最近有名になったのが大分県の中津市である。

 理由は、戦後の食糧難対策としてこの辺りに養鶏場が一杯出来たからだそうだ。自然、市民たちによる鶏肉の美味しい食べ方の追求がはじまり、その結果家族の食卓では唐揚げが多く食べられるようになり、市内には六十店以上のから揚げ専門店ができ、今ではから揚げの聖地とまで呼ばれるようになってしまったということらしい。

 にわかには信じられない話だが、という事は、「鶏肉の食べ方はつくねが一番だ」、ということになっていたら、今頃つくねの聖地になっていたのだろうか。でも、つくねじゃあねぇ。

 話がそれた。とにもかくにも、なにはなんであれ、聖地である。エライのである。

 エルサレムはイスラム教、キリスト教、ユダヤ教の35億人が聖地としてたたえる場所だが、こちらは中津市民8万5676人(平成二十五年五月三十一日現在)が暮らす『鶏のから揚げの聖地』である。

 自分の故郷、人生のルーツの地が「鶏のから揚げの聖地」と呼ばれる事に、中津市民たちが何を思っているか、そこら辺少し心配だが、から揚げ好きとしては、ぜひ一度くらい巡礼してみたい気もするかもしれないような気がしている。

 この、中津を鶏のから揚げの聖地としたのが、JKAで、以下はJKAに関するウィキペディアからの抜粋。

 〈一般社団法人日本唐揚協会(にっぽんからあげきょうかい、英称:Japan "KARAAGE" Association 略称:JKA)は、日本で生産されているから揚げに関する一般社団法人。唐揚げが一番好きで唐揚げを食べると幸せになれる人たちによって組織されている。〉

 どうです。一気に宗教臭くなって来たでしょう。中津は彼らにとって聖地であり、会員達は幸福(=から揚げ)を求める巡礼者となり、巡礼の旅に出るのでしょう。中津へ。(バカにしてないからね。むしろ親近感を抱いてますよ)

 なんといっても、中津は市内に六十軒以上のから揚げ専門店が立ち並び、JKA60というご当地アイドルがいる。うそである。さらには無差別に民家の玄関を開けて突撃していっても食卓には必ず鶏のから揚げ。冷蔵庫には昨日のから揚げ、冷凍庫には一昨日のから揚げが入ってるっつーんだから、彼らからしたら、シアワセの入れ食い状態のような土地だろう。(ほんとにバカにしてないからね。むしろある種の尊敬の念すら抱いているのよ)


 中津のから揚げは中津から揚げと呼ばれていてお店や家庭によって多少の違いはある物の、一応本流のレシピのようなものがある。

 我が家ではそのレシピを遵守する基本的精神は保ちつつも、かなり簡略化したやり方で作っている(テキトウってことね)。いわば「引きこもり型」の、聖地巡礼者である。

 まず、鶏のモモ肉を買って来て、余分な黄色い脂や、血合い、スジ等を取り除く。次に、するおろした生姜とニンニク、醤油、酒、塩、一味、ごま油を混ぜた物に鶏肉を漬け込む。分量は好みでテキトウに。つけこむ時間もテキトウでいいが、すぐに食べたい場合は漬け込む前に鶏肉をフォークで何回か刺しておくと味がしみ込みやすい。

 片栗粉で薄く衣をつけて、油で揚げる。めんどくさくなければ、最初は低めの温度でうっすらきつね色になるまであげて一度取り出し、2分ほど置いて余熱で中にも火が通ったら、もう一度今度は高温でカラッと揚げる。面倒だったら、少し高めの温度で、揚げながらかき混ぜて、空気に触れるようにすれば同じ感じになる。油の温度の低めも高めも感覚で。2、3回もやればおぼえてくる。

 油は使いさしの物も混ぜる方がかえってうまいらしい。それから僕は友達の料理人に教えてもらったひまわり油を使うようにしたら、抜群にうまくなった。軽い仕上がりになって、カリッというより、サクッという感じになる。スーパーで気軽に手に入る割に、これだけでけっこうはっきりと違いがわかるので、ぜひ試してみて欲しい。

 から揚げの引きこもり巡礼者は、油の違いのわかるおとこなのだ。

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by nagamineshunya | 2013-06-04 16:53 | 箱根板橋日記