『箱根板橋日記』毎週火曜更新|長嶺 俊也 Nagamine, Shunya デザイナー 1979年生まれ         


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 第70回 「さて、最終回。」 2014年4月15日

 今回でこのブログは70回をむかえました。

 パチパチパチ。

 ほとんど読者もいないこのブログ、本当に個人の趣味としてここまでやってきました。

 ですので、「箱根板橋日記」とうたっておきながら、まったく箱根板橋の情報もなく、日々の雑念や煩悩をさらけ出していました。

 途中からは、nendoの佐藤オオキさんの本に触発され、なんとなく本職のデザインの方で考えていることを整理してみたくなり、勝手ながら何の前触れもなくデザインをテーマにして、さらには言葉遣いも佐藤オオキさんを意識して書くなどやりたい放題でした。

 個人のブログとはいえ、自営業ですし人様の前に差し出す以上は失礼の無いように、出来る限りをつくしてきましたが、毎度の誤字脱字に加えてどうしようもない天性の乱文を、毎度あきらめずに読んでいただいた方々にはありがたくて大変感謝しています。

 このブログが始まったのは2012年の年末です。

 それから1年と2ヶ月、毎週火曜日に更新してきました。(正確には、一回だけ思いっきり忘れたことがありましたが)

 私的な事情でもうしわけありませんが、少し思う所もあり、キリのいい今回の70回で、最終回にさせていただきます。

 みなさま、今まで本当にありがとうございました。


 さて、最終回、最後に置き土産として、みなさんに何か喜んでもらえるネタはないものかと考えた結果、やはり人間得意なものを一生懸命というのが一番ですので(なんのこっちゃ)、ぼくが最近よく行く小田原の飲み屋さんを一軒紹介したいと思います。 

 で、そうなると急にコトバが乱れてしまうのだが、その名も「焼き鳥だいご 板橋店」。

 だいごというのは小田原に五店舗ある有名な小田原の焼き鳥店だが、その板橋店が我が家から徒歩5分の所にあるので、多い時は週3回を記録したことがある。

 板橋店は、もともと寺町にある本店で店長をしていた方が店長をしているのだが、実はぼくは板橋に引っ越してくる前はそっちの本店に比較的近いところに住んでいたので、よく本店に行っていた。

 その頃から店長さんとも顔見知りだったので、引っ越してきて初めて板橋店に行った時に、見知った顔があって驚いてしまった。

 吞ん兵衛の引きとはこわいものだ。

 この店長さんは焼きの技術などはあたり前だが、もともと日本料理もやっていた方なので、料理の質が焼き鳥屋にはオーバースペックなのではないかと思うほど高い。

 椎茸の石突きの隠し包丁などは、ぼくはこの店で初めて見た。

 さらに、そのせいで板橋店だけのサイドメニューのクオリティーもハンパじゃなく高く、〆鯖や、 この間あったさわらの粕漬けなんて、もはや割烹レベルなのだ。

 それに、ひょうひょうとした人柄もいい。

 客単価はひとそれぞれだろうが、我々のんべの夫婦ふたりは大体いつも六、七千円で済む。


 難を言えば、日曜休みなのと、22時完全閉店なことぐらい。

 だから、いつも仕事を急いで片付けていそいそと急ぎ足で行くのだが、それでも大体いつもカウンターの席に尻を着けた時には残り120分を切っていますというのがほとんどで、あせってビールと、焼き鳥を注文するのだ。

 それでも、22時はさすがに早いのだが、しかしそのおかげで深追いせずに、毎回微醺を含んだ程度で楽しいままに終える酒というのもおぼえた。

 ぼくがいつも注文するのは、かしら(塩)、トマトベーコン、ハラミ焼き(タレ)。

 もし入店時間が20時を過ぎていたらとりあえずそれらを注文してしまい、それからゆっくり店内を見回して今夜の構成をじっくり考えてみたらいかがだろうか。


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by nagamineshunya | 2014-04-15 20:04 | 箱根板橋日記

第69回 「無印家電と男と昭和」 2014年4月8日

 無印良品というブランドが出来て33年だそうです。

 ということは、ぼくよりひとつ歳下のブランドということになります。

 つまり、ぼくは物心ついたころから、無印良品が世の中にあった世代で、中学生の時に地元の西友で無印のカンペン(缶ペンケース)を買ったり、ラグを親にねだったのをおぼえています。 

 今でも、無印良品にはよくお世話になっています。

 特に、仕事で着るスーツやシャツは無印ばかりです。

 仕事柄、あまり洋服で印象がつかないようにということを考慮しながら選んでいるのですが、それには大変重宝するのです。

 逆に、ぼくが無印で買えないものがあります。

 それは『家電』です。

 なぜ無印良品の『家電』は買えないのか。

 今回は、デザインの話であっても、あくまでも個人的な趣味のはなしと前置きした上で考えてみたいと思います。



 現在の日本の大手家電メーカーの作る商品の、見た目のデザインのレベルはハッキリ言って低いです。

 これは明白だと思います。

 水準、平均レベルが低いというよりも、もっと根本的な問題というか方向性というか、センス(優れたデザインの知識の積み上げ)の部分が足らないと思います。


 無印良品の家電は、その中ではましな方です。

 おそらく、イチからオリジナルで作った家電はなくOEMによるものだと思いますが、パーツを多少変更するくらいはありますが、基本的にはそうした他のメーカーの家電をホワイトのボディで塗りつぶして統一するのが、無印ブランドの家電の商品展開です。

 表面を白で塗りつぶすというのは、OEMする商品の本来の隠れたデザイン性を浮かび上がらせるという狙いのためで、無印良品自体のブランドアピールとしてはそれを見つけ出す審美眼、セレクト力があるということになるでしょうか。

 意地悪な言い方をすれば、白にすればなんでもとりあえずシンプルという価値だけはつけられるという、苦肉の策とも言えるかもしれません。


 ぼくはデザイナーなので、基本的にはデザイン性の高いものが好きです。

 しかし、自宅に置くとなると、ぼくはこのコンセプチュアルな白塗りの家具が苦手なのです。

 それはなぜなのか。


 ぼくは、職業柄つねにデザインの事ばかり考えています。

 でも、日曜日は自宅で夕方の五時半から笑点、ちびまる子ちゃん、サザエさんの、ゴールデンリレーをだらだら見るのが好きです。

 そこには、昭和の名残が色濃く残っていて、それはまさしく自分の育ってきた時代の日常の欠片です。

 約一時間半の間、その今は無くなりつつある自分が育った昭和時代の日常にとっぷりとつかるのが好きなのです。

 そして、その目下わが生活においての宝の時間を思い浮かべると、どうしてもあの無機質な白塗りの家電を買う事に躊躇してしまうのです。



 ナガオカケンメイさんが1960年代の日本の工業デザインがいかに力強いかという事を書いている本を読んだことがありますが、その頃は新しい技術がどんどん開発され、その技術を使った新しい家電がどんどん企画され、デザイナーはそうした今まで誰もデザインした事のない商品をデザインできるという時代でした。

 ある意味、「創造するデザイン」です。

 ぼくは、この時代のものこそ「昭和時代の家電」だと思います。


 無印も、昭和生まれのブランドです。

 ですが、無印の家電は「創造するデザイン」ではなく、「整理するデザイン」だと思います。

 少し大げさにいうと、その家電が生活の中で活きるという前提ではなく、系統をアカデミックに統合しながら整理していく、良い要素のみを残そうとするデザインという感じです。

 これも、すごくストイックな行為ですが、無印の家電の場合はそれがさらにアカデミックな方によりすぎているように思います。

 ですから、ぼくのように笑点をこよなく愛する人間の部屋には、無印の家電は少々まじめすぎて、一緒の部屋にいると少し気まずいというのが心情です。

 そこにはやはり、エネルギッシュでカッコいいけど、どこか滑稽で憎めない、そんな昭和時代の家電が欲しいのです。


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by nagamineshunya | 2014-04-08 20:31 | 箱根板橋日記

第68回 「国家予算規模のおはなし」 2014年4月2日

 昨日はエイプリル・フールなので、火曜日だけど休んでみました。

 というのはウソで、初めてやってしまいました。

 スケジュールに時間まで入れていたのに、すっかりこのブログの事を忘れてさっさと仕事を終えてしまいました。

 振り返ってみると、昨日の昼、今夜はお花見をするかという相談を妻としていて、少し浮かれていたようです。

 スケジュールには書いてあったものの、昨日の主な打ち合わせも終わり、たまっている仕事もちょうど谷間のようになっていて、何となく今日はこのまま定時で終われると思い込んでしまっていたのです。

 結局は中々思いつきで夜桜見物に花見で一杯とはいかなかったのですが、その時点ですでにこのブログの事は忘却の彼方に消え去っていました。

 ほんとに、ごめんなさい。



 さて、今日は子育て世帯臨時特例給付金についてです。

 この話は急に表に出て来た感がありますが、実際は増税が決まったあと、去年の12月に決まったものです。

 では何のためのものか。

 何となくこういうのがあると増税のタイミングでの消費の冷え込みを緩和する気がするよね的な、一見なんとなく「いいニオイ」がします。

 というか、厚生労働省のホームページを見ると、本当に増税の影響の緩和のためだそうです。

 それと、子育て世帯の消費の下支えとあります。



 実は、ぼくはこの手の政策が大嫌いです。

 ついでに、批判させてもらうと、この手の政策は、まずなにをもってこれが必要と決まったかわからないという点が、政策としてアウトです。

 だから理由は「緩和」だよというかもしれませんが、今回の手当の金額は子ども1人あたり1万円です。

 いわゆるバラマキですから、生活保護の手当をもらっている世帯はもらえませんので、主な対象は一般的生活をしている子どものいる家庭といって間違いないと思います。 

 現在の日本の出生率は約1.4人ですから、大体一世帯あたり1万円の給付という家庭が多いと思います。



 さて、ではこういう一般的な家庭の生活で、国から現金1万円を1回もらってなにかが変わるのでしょうか。

 たぶん、うれしいだけです。

 10%への増税も控えてると言われているのに、今回増税されても今まで通り、いや、もっと消費が出来るようになりました、となるでしょうか。

 何となく、子どもの為に貯金をするか買い物をするか、もしくはパーッと外食するかという方がほとんどじゃないかと思います。

 といったって、何度も言いますが1万円です。

 たいした事は出来ません。



 大体1万円なんて、例えば日本の平均年収をざっくり400万円ですから、今まで月に約30万円消費してるとしたら、消費税5%時で31万5千円、それが8%になれば32万4千円で、9千円の消費税増ですから、約ひと月分の負担緩和にしかなりませんし、下支えなんてしてもらう前に消えてなくなります。

 ましてや、原資はもちろん税金です。

 消費「税」を値上げして、集めておいた「税」を約1200億円以上バラまいて、建前は「負担緩和」とか「下支え」をするとか言いながらも、それはつまり短絡的な消費を促している。

 こういう数字の動かし方は、おそらく帳尻合わせのための無駄遣いです。

 つまり、数字上で景気回復の兆しが見て取れるような結果を作り出すための動かし方だと思います。

 この事業では、事務費が約200億かかっていますが、これもこの事業による経済効果として算出された数字がコスト以上であれば、もちろん問題視されないでしょう。

 なぜこんな事をするかというと、日本人の特徴として、何となくニュースや新聞で見た数字でプラスだマイナスだと判断して短期で一喜一憂するところがあるからだと思います。

 そして、悲しいかな日本の政治も世界や国の未来を見据えた長期の政策ではなく、劇的な短期一喜一憂型ですので、結果を出したと国民に思ってもらうにはその方が都合がいいのです。

 しかし、これは経済も経営も一緒ですが、数字が動いたこと自体には何の価値もありません。

 大切なのはその中身で、その数字の意味をもって判断する事が大切なのです。



 僕は、子どもはいませんが、この手の政策には反対だから前の個人定額給付金ももらってません。
 
 あの時もたしか一人あたり約1万円ぐらいだった思います。

 ちなみにその時の予算は約2兆円です。

 どうです、2兆円使ったって、アクションを起こす個人の段階では1万円ですよ。

 1万円でなにが変わりますか。

 
 もしですが、仮に個人定額給付金の予算を200兆円にできれば、僕は景気が良くなると思います。
 
 単純にひとり頭100万円ですから、独身なら起業も考えられますし、夫婦は200万円あれば子どもを作ろうと思うかもしれませんし、もっと家族が多ければ家を建てたりもできますし、もちろん借金の悩みも解決するかもしれません。

 つまり、やっと人生を変えられる金額だからです。

 しかし、それは日本の年間の国家予算規模のおはなしですが。
 
 
 

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by nagamineshunya | 2014-04-02 19:57 | 箱根板橋日記